「キングとジョーカー」

「キングとジョーカー」☆☆☆☆★
作者:ピーター・ディキンスン
訳者:斎藤数衛
出版社:扶桑社(扶桑社海外文庫)
発表:1976年
発行:2006年11月

【途中までのあらすじ】
架空の英国王室で頻発しはじめたいたずら。はじめは些細なものだったが、やがて悪意にみちた犯罪へとエスカレートしていく。

【感想】
ディキンスンはミステリ(2年連続でCWA賞ゴールドダガー受賞)・SF・児童小説(カーネギー賞、ウィットブレッド児童書賞を受賞)に手を染める多彩な作家。そして「キングとジョーカー」は、その3つのジャンルのの要素を織り交ぜた独特の作品に仕上がっています。ミステリ、SFをブレンドしながら、読後感は児童小説。なかでも成長小説に近い味わいがあります。だけどそのせいで、それぞれのジャンル信奉者にはいささか物足りなく感じるかもしれません。なにしろ物語は、主人公の王女ルイーズを前面に立てた作りになっているうえ、ミステリ的な企みは小説の背景へ、SF的な奇抜さ(文庫のあらすじ説明を引用するなら、”現実と違った家系をたどった英国王室”という設定)は王室にまつわるリアルな描写として溶け込んで、もし流し読みしたら、とても地味な小説に映るでしょう。

だが少し待って欲しい。

丹念に読むと味のあるミステリ的な伏線の利かせ方、精緻な王室描写における描写力・創造力。これはどちらも相当なもので、まずミステリの手法に通暁している上で、架空の王室をそうとう細かく考えていなければ描けないでしょう。作者がこの作品に投入した、一見すると気づきづらい綿密な設定と静かだが、徐々に効いてくるテクニックは相当なもの。そのうえ、成長小説としての技量も確かなもので、主人公ルイーズのラウンドキャラクターぶりは、上手すぎて少々厭味なくらい。含意の二転三転する「キングとジョーカー」というタイトルまでじつに良い。

SF・ミステリというより文学好きなひとのほうが、より美味しさを感じられる作品なのかもしれないなと思いました。