「くらやみの速さはどれくらい」

「くらやみの速さはどれくらい」☆☆☆☆★
作者:エリザベス・ムーン
訳者:小尾芙佐
出版社:早川書房
発行:2004年10月

【途中までのあらすじ】
幼児期の自閉症治療が実現した近未来。主人公は、治療法確立前に成人した最後の世代の自閉症者ルウ。彼は、新たに開発された自閉症治療を試みるよう職場から半ば強制される。だが、自閉症ゆえの特別な技能を活かした職に就き、趣味を持ち、愛する人たちのいる「自立した」自閉症者であるルウにとって治療が幸せとなりうるのか。

【感想】
チャールズ・ストルスの「シンギュラリティ・スカイ」やダン・シモンズイリアム」のような派手な娯楽大作SFも好きですが、今回紹介する「くらやみの速さはどれくらい」のような派手さはないけれど含蓄あるSFもいいものですね。

あらすじは、上に書いたとおりで至ってシンプルなもの。けれど、それを語る小説が非常にいいんですね。まずなにより、自閉症のルウから見た自閉症でない人々の描写が面白い。自閉症でないが、わたしたちが「困った人」と感じる人たちの失礼さや、そうではない「普通の人々」の犯しがちな言動。日常的なよくあることとして私が受け流してしまうちょっとした嫌な感じやとまどいが、ルウのフィルターを通して浮き上がってくるのです。そして、自立した(そして誇りある)主人公だからこそ葛藤する苦しみ。彼が導き出す結論は、普通小説的な日常描写の積み重ねがあってこそ納得のゆくものだと思います。そして結末。”ハッピーエンドでありながら、そうとも言い切れない複雑な感情を抱かせる”という声をネット上でも見かけますが、それは、主人公ルウに魅力があるからこそなのでしょう。

個人的には、恋愛に流れない姿勢に好感を持ちました。ついでに言うと、結末の余韻に北野勇作「かめくん」を想起しました。


ネビュラ賞受賞。こういう作品を賞に選んだ委員はえらい。