書評試作品「これが見納め」

 絶滅の恐れのある野生生物は、2010年の段階で1万8千種にのぼる。今回ご紹介する「これが見納め」(みすず書房)は、苦境に立たされた絶滅危惧種に会うため、動物学者マーク・カーワディンと作家ダグラス・アダムスが世界を旅するルポだ。1989年、英国BBCで放送された連続ラジオ番組を書籍化したものだが、「絶滅」についてくる暗いイメージや「保護」に漂うお説教臭さからは遠く離れた快作だ。
 著者ダグラス・アダムスといえば、世界的ベストセラーのSFコメディ「銀河ヒッチハイクガイド」(河出書房新社刊)の作者。全編笑いで飽きさせない。例えば、ザイールで乗ったタクシーの運転手がダッシュボードにしょっちゅう潜ると思ったら手でクラッチを操作していたり、ザイールでは思いこみの激しい飛行士が、コウノトリの巣に卵がいくつあるか数えるため讃美歌をハミングしながら何度も急降下したりと、乗物恐怖症には堪えられないエピソードが繰り出される。かと思えば、1メートルあるトカゲのはく製に近づくと、目を開けてこっちを見た、なんてコントのようなのもあれば、アフリカのサバンナで自分の自動車を見失ったり、中国のカワイルカが川の中でどんな音を聞いているのか知るため、マイクにつけるコンドーム探しに苦労したり、ザイール奥地へゴリラウォッチングにディケンズ全集とコンピュータ雑誌、木彫りのオオトカゲを持ち込んだりと、自分の馬鹿らしさも笑い飛ばす。
 笑いといえば、動物学者マークの過剰な動物好きゆえの奇行ぶりもそうとうおかしい。屋根から落ちてきた蛇に目を輝かせ、寄生虫の解説を夢中でする上、周りが珍鳥だらけだとトランス状態で無言になったかと思いきや、トランスから脱した途端に興奮して鳥の解説を始める始末。たびたび夢中で解説するマークと、それを黙らせるアダムスの掛け合いはさながら漫才だ。飛べないふとっちょオウム・カカポへの愛も常軌を逸しており、糞のにおいはワイン通のように嗅ぐし、カカポに噛まれたカカポ捜索員に対して「なんて名誉なことだろう」とつぶやくほどの熱狂ぶりだ。
 そんなマークに負けず劣らず、アダムスの動物への眼差しは優しい。目につくのは、動物の立場から考察する描写だ。3mを超す巨大トカゲ・コモドオオトカゲの島へ渡る際に食糧として乗船させた鶏は、根深くも恐るべき疑惑を抱いて睨むし、ゴリラは、好きで選べるなら人間と関わるのを好まないと語る。動物たちのエピソードも当然のことながら動物への愛に満ちている。しょっちゅう赤ん坊のベッドの横に頭を乗せて寝ている子供カバ。日に2度も観光客を群れに連れてきたガイドに抗議するゴリラは、その腕時計をそっと咬みちぎる。飛ぶことを忘れたことさえ忘れているカカポは、レンガのように木から舞い降り、ぐしゃっと着地する。
 だが一方、人に対する批判は厳しい。殺されたヤギをコモドオオトカゲに襲わせるパフォーマンスには、おぞましいのは餌としてヤギを殺した人の仕打ちと断ずる。そんなアダムスは、トビハゼの三億年後に想いを託す。「ほかの生き物を絶滅から救おうとして、その生物にホラーショーを演じさせるような、そんな生き物にならないでほしい」人類への深い絶望と遥かな未来への希望を無邪気なトビハゼで描きだす力は、さすがコメディSF作家だ。終盤、モーリシャス島の鳥ドードーから初めて知った「絶滅」という概念で、人類は賢くなったのではなく知識を仕入れただけではないか?と厳しく問いかける。本作最後のエピソード、世界で唯一のコーヒーノキは、人々に枝葉をもがれ、保護のためフェンスに囲われてしまう。
 では、どうすれば絶滅は防げるのだろう。マークをはじめとする動物学者や保護動家たちもコーヒーノキにむごい仕打ちをする人も同じ人。その違いは、知恵と愛があるかどうかだ。「こいつらがいなくなったら、世界はずっと貧しい場所になる」というフレーズには、好きだから失くしたくない、という単純だが切実な愛がある。絶滅危惧種への愛と知恵があればまだ間に合う。そしてアダムスは、この本でそのふたつを楽しく、そして時に厳しく託してくれたのだ。