書評試作品4『破壊者』

『破壊者』ミネット・ウォルターズ著、成川裕子訳 東京創元社
 ミネット・ウォルターズは、イギリスミステリの新女王と呼ばれて久しい人気作家。その世評の高さは、デビュー作『氷の家』でCWA新人賞、第2作『女彫刻家』でエドガー賞、第3作『鉄の枷』でCWAゴールドダガー賞をそれぞれ受賞するという快挙を成し遂げたほど。華々しい実績と言える。
 さて、今回ご紹介するウォルターズの第6長編『破壊者』では、開巻ほどなくふたつの謎が提示される。溺死した女性はなぜ最愛の娘を20キロ以上離れた町に置き去りにしたのか。そして、なぜ泳ぎが苦手で船に乗りたがらないはずなのに、船から転落したと思われる状況で溺死したのか。
 謎はシンプルだ。
 だが、事件は新情報を得る度に混沌の度合いを深める。なにしろ、関係者の人物像が特定できない。例えば物語序盤での、警部補の台詞。「同じ人間に、三通りの見方がある・・・ホモ野郎、奔放な絶倫男、憎めないナイスガイ。どれでもお好きなものを、ってわけですか」互いに打ち消しあうように、矛盾した情報が次々と読者に渡されてゆく。だから、容疑者を特定できない。いや、疑う理由さえ疑わしいあやふやさ加減だ。
 像を結ばない人物は被害者にも及ぶ。当初、巡査から痛ましいと語られる彼女。だが、生前の知人からの証言はその姿を次々に塗り変えていく。自己中心的、人を操る意地悪、嘘つき・・・。いっぽう、貧しく金銭的な苦労を味わい育ったからこそ必死だったとも語られる。それゆえ、一般的な被害者像、哀れさは希釈されてしまう。
 宙ぶらりんな息苦しさ。これにやられて、つい読み進めてしまう訳だ。
 この一種独特な迷走感は、状況だけ先に決めておいて、あとは作者自身で考えながら謎を解いてゆくという手法があればこそだろう。実際ウォルターズは、デビュー作『氷の家』についてこう答えている。「書き始めたときは、誰が殺したのか、自分でもわかりませんでした。・・・最初は、読者同様わたしにとっても、事件は謎だらけだったんです。」(「ミステリマガジン」1995年12月号より)。
 霧の山中をドライブするような緊張感。それは、推理に次ぐ推理で事件そのものが曖昧化してゆくコリン・デクスターを思い出させる。だが、推理を果てしなく畳みかけるデクスターと違い、ウォルターズは人の多面性を重ねていくことで物語に揺さぶりをかける。人は初対面の人と相対した瞬間に、無意識に数万のチェックを行い、好嫌を決定しているのだという。つまり、「好き」の数が多ければ「好き」、そうでなければ「嫌い」に振れる。こうした初対面での思いこみ、レッテル貼りは誰もが行うものだ。だが、これをミステリに使うとなると話は別だ。これは従来のミステリが持つ型にはまった嘘っぽさを消すためのアプローチといえるだろう。
 とはいえ、ミステリ一本槍でもないのがこの小説のよいところ。杉江松恋氏の解説にもあるとおり、かつてロマンス小説の編集者だったウォルターズ。死体発見現場に駆けつけた巡査と地元の女性との関係も丹念に描かれる。
 いっけん派手ではないけれど、得難い読書経験を保証できる『破壊者』、お勧めです。